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【前編】50代からPSW(介護士)へ‐金融キャリアから命を預かる仕事へ‐佐藤 智子さん

50代からPSW(介護士)へ‐金融キャリアから命を預かる仕事へインタビュー

24~25年にかけて、カナダの学生ビザやPGWP制度に変更が入り、卒業後の就職や移民を目指した進学プランを変更せざるを得なかった方も多かったと思います。

また、2025年からカナダのワーキングホリデーが2回利用できるようになったことで、留学や進学を経ずに、就労を足がかりにカナダへ来る方も増えているように感じます。

大きく変わりつつある日本人のカナダ留学・進学・就職事情ですが、カナダで需要の高いヘルスケア分野への注目が、改めて高まっています。

今回お話を伺ったのは、カナダで永住権を取得後、50代でPersonal Support Worker(PSW)の資格を取得し、現在は老人介護施設で勤務しているTomokoさんです。

学校では見えなかった現場のリアル、英語よりも大切だったこと、そして「命を預かる仕事」の責任について、率直に語っていただきました。

資格を取る前に知っておきたい現場の様子を、今回はインタビュー形式でお届けします。

  • 名前…佐藤 智子さん
  • 職業…ヘルスケア(Personal Support Worker)

※Tomokoさんは、PSW(介護士)の仕事をもっと知ってもらいたい、同じ仕事をする仲間を助けたいとの思いから、PSWの会を作り、ボランティアベースでサポートを行っています。Tomokoさんと直接連絡を取りたいと希望される方は、MYNDSまでお知らせください。

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金融のお仕事から経営者を経て、50代からPSW(介護士)へ

ー現在の勤務先や、PSWとして働いている環境について教えてください。

今は、中国系の老人介護施設で働いています。学校を卒業して、インターンをその施設でやらせてもらって、そのまま採用になりました。

中国系の施設なので、利用者さんも、広東語や北京語を話す中国系の方が90%以上です。

ーPSWになる前のご経歴を簡単に教えてください。

1996年から2015年まで、19年間香港に住んでいました。

みずほ銀行で為替業務に携わり、そのほか2年ほどアデコで日本部署に関わる仕事をしていた時期もありますが、基本的には金融業界でのキャリアでした。

また、その後に日本のねじを北米に輸入する商社を経営していました。いわゆるホワイトカラーの仕事で、今とは正反対ですね。

30年近く連れ添ったご主人の介護と死

ーPSWという仕事を知ったきっかけは何でしたか?

主人を2年ほど介護したことがきっかけです。実際に家族への介護を経験する中で、現場で働く人たちの姿を見て、自分が学ぶことで手助けになるのではないかと思い、学校に行きはじめたんです。

ところが、学校に通い始めて3ヶ月ほどで、主人は亡くなりました。死っていうものが人間に与えるインパクトって、こんなに大きいんだと、そのとき初めて本当に実感しました。

30年近く連れ添った人を失う喪失感は、自分の人生の中で1番暗く深い所に落とされる痛みです。そこまで落ちたときに、死に関わる場所に自分を置いてみよう、と思ったんです。

死をたくさん見る場所に身を置くことで、何か埋められるんじゃないか、私だけじゃないと思えるんじゃないか、そんな気持ちがありました。

結果的に、私はこの道を選んで正解だったと思っています。ここに来るべくして来た、導かれた感じもあります。

命を預かる仕事を支える、コミュニケーション力と体力

ー実際に働いてみての感想を教えてください。

今思うことは、シンプルに「体が強いこと」と「コミュニケーション力があること」、この二つが大事ですね。体力はやっぱり必要です。現場で動き続ける仕事なので、体が強いというのは大事だと思います。

それとコミュニケーション力。なぜかというと、命を預かっているからです。

患者さんとの会話というより、チームとのコミュニケーションが本当に大事です。患者さんはもう言葉を話せなくなっている方も多いので、目と魂でやり取りしているような感覚なんですよね。なので、英語が完璧であることよりも、チームで働けることの方が大事です。

例えば施設にはナースが必ずいて、ナースは薬の処方や判断をします。PSWは、排便や排尿、体の状態、顔色、浮腫み、熱など、日常のすべての変化を細かく見て記録し、それをナースに伝えます。便が何日出ていないとか、何ミリ出たとか、そういうデータを私たちが出して、ナースが判断する。その材料を出すのがPSWの役目です。

だから、言われたことを素直に聞いて働けること、きちんと報告できること、チームの中で息を合わせて動けることが本当に重要です。

孤立しているPSWもいますが、そうなると仕事は楽しくないし、負担も大きくなるし、危ない面も出てきます。

英語力というよりも、死にゆく人たちの最後の1日1日の命を預かっているので、相手の立場になって考え、チームの一員としてちゃんと機能できる人間性があるかどうか。それが大事だと、今は思っています。

第二の故郷で過ごすPSWとしての日々

ー実際に働き始めて「これは学校では聞いていなかった」と感じたことは何ですか?

いきなり夜勤に入ったので、まず昼夜逆転でホルモンバランスが崩れました。体調管理は想像以上に大変で、便秘が続いたりと、体への影響を強く感じました。

とは言え、インターンである程度様子は分かっていましたし、どういう施設かも分かっていました。私は香港に19年住んでいて、香港の人たちのやり方や働き方も分かっています。これまで生きてきた国や言葉、そこで身につけた感覚が、全部ここで活かされている感じがあって、環境としてはむしろ心地いいんです。第二の故郷に戻ったような感じです。

ただ、やっぱり日々死に向かっている人たちの場所にいるということは、頭で分かっていても違いました。お世話していたレジデントがどんどん骨と皮になっていく。

その姿を見続ける中で、自分の中に何とも言えない恐怖が芽生えました。お世話していたレジデントが、日に日に痩せていく姿を見続ける中で、「人間はこうやって衰えていくのか」と強く実感しました。

自分が取り組んでいる対象が、自分と同じ人間で、その人たちが死に向かっていく。死ってこういうものなのか、というのを働きながら自覚していく。それは学校では具体的には聞いていなかった部分です。

夜も気が抜けない、PSWの仕事

ー1日のお仕事の流れを教えてください。

私が働いている施設は、最終段階の方が送り込まれてくる、いわゆるパリアティブケア中心の施設です。本当に最後の段階の方が多いですね。4階建てで、各フロアにだいたい30人から40人くらい、アジア系、特に香港や中国本土の高齢者が多く入っています。

24時間体制で、8時間ずつの三交代制です。朝7時から3時、3時から11時、11時から朝7時。インターンのときは3時から11時のイブニングシフト、今は11時から7時の夜勤を経験しています。

一フロアを担当して、片側のウエストウィングなどを任されます。イブニングシフトの場合は、30〜40人を5〜6人のPSWで担当して、2人ずつのチームで動きます。

3時に入ったら、まずブリーフ(おむつ)交換をします。そのあと入浴の方を対応して、夕食の準備をして、食堂に連れて行って、6時から食事介助をします。食後はテレビルームに連れて行ったり、部屋に戻したりして、夜の準備をして、もう一度ブリーフ交換をして、就寝に入ります。寝られない方はテレビルームに残したりもします。

夜勤はそのフロアをPSW2人で担当します。引き継ぎを受けて、まずブリーフ交換をして寝てもらいます。その後はコールがあれば対応し、交代で少し休憩を取りますが、実際はほとんど寝られません。

一番避けなければいけないのは転倒です。と言うのも、老人施設やホームでの一番の死亡要因に繋がる事故は、「ベッドから落ちること」です。そのため、30分や1時間ごとに一部屋一部屋ラウンドをしてセイフティチェックを行います。加えて、床ずれ予防に寝る体制を変えたり、認知症の方々の徘徊対応、死期が近い方の呼吸変化の多くの業務を行っています。夜はPSW2人と看護師がそれぞれのウィングについている形です。

介護士として心と体で身につける技術

ー体力的に大変だと感じる場面はありますか?

体力は、慣れますよね。でも私は、デスクに座ってじっとしている仕事よりも、こうやって常に動いて汗を流している仕事のほうが、むしろ健康な感じがします。意外と好きですね。頭をフル回転させるというよりも、心と体を使う仕事という感覚ですね。

機械も結構入っています。ベッドから車椅子に移すときにリフトを使ったり、お風呂の移動やトイレ介助も、その人の状況によって機械を使います。施設自体が機械にきちんと投資していて、できるだけ人的な負担や事故を減らす方向で整えられています。

それに、やり方やテクニックがあります。ブリーフ交換のときも、ペアでどう動くか、ベッドの高さをどうするか、シートの使い方など、介護のプロとしてのスキルを身につけていけば、体への負担は変わってきます。

でも、しんどいですよ。56歳ですから。特に冬は余計にそう感じます。ただ、周りには三十代、四十代で子育てしながらフルタイムで働いている人たちもいて、本当にすごいなと思います。その点、今の私は、妻業も母親業も卒業させてもらって、自分(とペット)のだけのために生きられるステージに来たので、少し楽だと思います。

(後編へ続く)

後編では、

・利用者さんとの関わり
・英語と専門用語について
・精神的な揺れ
・日本人PSWネットワークの取り組み

についてお届けします。

介護・福祉・幼児教育に関わる留学・進学についてはこちら

海野 芽瑠萌(Merumo Unno)
日本では法学部で学び、日本の英会話や、小中学生の英語教育に関わる。2008年に渡加。現地留学エージェント、語学学校での経験を経て、留学エージェント・教育コンサルティング「MYNDS Inc.」の経営を行い、グローバル人材の育成に取り組む。 2019年からは、トロントのビジネスサポート団体新企会の会長として、日系コミュニティーに貢献している。

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