【後編】PSW(介護士)という仕事が教えてくれたこと-死と向き合う現場から見える人生‐佐藤 智子さん

ヘルスケア分野は、カナダで安定した需要がある一方で、「命と向き合う仕事」でもあります。
進学や資格取得を検討する際、就職率や永住権の可能性といった条件面に目が向きがちですが、実際の現場では何が求められるのでしょうか。
後編では、利用者さんの死に向き合う瞬間、精神的にしんどい場面、そしてそれでも「続けたい」と思える理由について、Tomokoさんに率直に語っていただきました。
キャリアとして福祉・介護分野を選ぶ前に、知っておきたい現実をお届けします。


- 名前…佐藤 智子さん
- 職業…ヘルスケア(Personal Support Worker)
※Tomokoさんは、PSW(介護士)の仕事をもっと知ってもらいたい、同じ仕事をする仲間を助けたいとの思いから、PSWの会を作り、ボランティアベースでサポートを行っています。Tomokoさんと直接連絡を取りたいと希望される方は、MYNDSまでお知らせください。
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言葉ではなく、目で魂と会話する経験
ー利用者さんとの関わりで、最初に戸惑ったことはありましたか?
言葉が通じないこととか、日本語が分からないとか、そういうことはあまり問題ではなかったですね。同じ人間ですから、寝たきりで言葉が出せなくなった方々の立場を考えて動くことで、気持ちは通じます。マスクをしていて目しか見えないので、目でやり取りする感じです。目で魂と話しているみたいな感覚で楽しいですね。
「今からオムツ替えるね、大丈夫だよ」って笑って伝える。それだけで伝わるものはあると思います。
ただ、認知症の方でアグレッシブになる方も多いです。叩いてきたり、怒鳴ったりすることもあります。でも、それもその人の最後の姿というか、本性が出る部分でもあって、自分はどういうタイプになるんだろうって考えさせられますね。
でも不思議と、その人によって波長が合うことがあるんです。「Tomokoがして」って言われたり、私だと落ち着く方もいる。何が自分の良さとして活きるかは分からないですね。
大事なのは、自分がどう扱われたいかを考えて接すること。それだけだと思います。細かい知識はもちろん必要です。この方は認知症がどれくらい進んでいるから、こういう言動になるんだな、と毎回学びながら理解していきます。
でも、それを全部パーソナルに受けない。この方たちは、自分の世界の中で必死に生きている。だから、自分がこの状態だったらどうされたいか、それを考えてやればいい仕事だと私は思っています。
英語力そのものよりも、大事なのはコミュニケーション力
ーPSWとして働く中で、英語で一番大変だと感じたことは何ですか?
私は香港に長くいたので、英語で生活すること自体はそこまで苦労はなかったですね。ただ、医療用語そのものよりも、伝え方やニュアンスの部分のほうが大事だなと感じました。
レジデントの方は認知症の方も多いので、単純に英語が話せるかどうかというよりも、その人が今どういう状態なのかを読む力のほうが必要です。言葉よりも、目だったり、空気だったり。
同僚とのコミュニケーションも、英語力そのものというより、ちゃんと状況を共有すること。何が起きているかを正確に伝えることの方が重要ですね。
英語が完璧じゃなくても、ちゃんと相手を見ていれば伝わる部分は多いと思います。

ー学校で学んだ英語と、現場で使う英語の違いを感じたことはありますか?
英語そのものが難しいというより、新しい用語ですね。メディカル用語や介護の専門用語は、最初はやっぱり分からないです。
学校でも体の部位や症状については学びますけど、実際に死に向かっていく過程にはいろいろなパターンがあって、それぞれに言い方があるんです。現場で使うスペシャルな用語というか、介護の現場独特の言葉ですね。
最初は「それどういうこと?」って聞かないと分からないです。なので、私はメモ帳をポケットに入れていました。
例えば、便の色が黒かったときに「この色は大丈夫」と聞いても、最初は分からなかったんです。薬の中にアイロン(鉄分)が入っていると黒くなるとか、そういう説明を聞いて「ああ、そういうことなんだ」と仕事をしながら現場で学んでいく感じですね。
症状と用語が結びついていくのは、やっぱり経験から学ぶ部分が大きいです。
仏教的な死生観とカナダ人同僚との関わり
ーカナダ人の同僚と働いていて、文化や考え方の違いを感じたことはありますか?
ありますね。やっぱりいろいろ教えてくれます。経験から学ばせてもらっています。
PSWって、一番つらいというか、重労働の現場なので、やっぱり仲間意識は強いです。上手にチームになっていけば、いろんな質問をして学べますし、すごく教えてくれますよ。
ただ、日本人的な感覚でいくと、そのままのやり方はしない方がいいかなとは思います。日本人って情緒があって、立場を考えてとか、そういうところがあるじゃないですか。でも、中国人やフィリピン人のやり方は、割り切りがあって、また違う考え方をしているなと感じます。
上下の問題ではないんですけど、クリスチャン的な考え方と、日本人の仏教的な感覚とは違うなと思うことはありますね。考え方の違いを感じることもあります。
でも、たとえ「お金のため」と言ってやっている人でも、長年この仕事を続けているということは、それだけで本当にすごいことだと思います。死にゆく人々を介護する仕事は非常に重いもので、本当にお金のためだけなら続けられないはずです。
いずれは自分もそこへ
ー正直に、精神的にしんどいと感じるのはどんな時ですか?
精神的にしんどいのは、やはり患者さんが亡くなるタイミングです。
これだけ大変な人の死に常に向き合い、自分がお世話した方が亡くなっていく姿を見続けるのは、冷たい気持ちでは続けられない仕事だと思います。
ただ、私は最初に長年連れ添った主人の死を経験しています。その大きな喪失をすでに通っているからこそ、現場での死に対しても、どこかで自分の感情を整理しながら向き合えている部分はあると思います。
何度も経験する中で、気持ちに蓋をしてムーブオンする力も自然と身についていくのかもしれません。
そして最終的には、それも含めて、自分もいずれそこへ行く存在なんだと考えさせられる場になっています。

「ありがたいな」と感じさせてくれる仕事
ーそれでも「やっていてよかった」と感じる瞬間はどんな時ですか?
毎回帰ってくる時、「ありがたいな」って思うんです。なんでだろうって思うんですけど、こういうことができる人間であってよかったなって思わされるんですよ。
自分がやっていることで、誰かの役に立てているっていう感覚ですね。真っ当なことをしているなっていう感じがある。それでいて、体を動かして、そこにいるだけで役に立っているって思える。そんなありがたい場所ないなって思います。
最後は、宗教がどうであれ関係なく、人間って肉体が朽ちて終わっていく。そこはみんな平等なんですよね。
寝たきりの方々の中には元弁護士さんで、施設に入ってからも最後まで上から目線のままで、PSW(介護士)にも嫌われてしまうようなこともある。逆に、いつも「ありがとね」って言ってくださる方もいる。でも差別はない。最後はみんな同じように体が動かなくなっていく。
それを目の当たりにすると、人間はこうやって衰えていくんだって分かる。そうすると、自分の価値って、肉体を持って生きているっていうだけで大きいんだって思うんです。
だから、死の教育って大事だと思うんですよ。若いうちにあの姿を見ることは、人生観を変えるきっかけになると思います。
仲間を繋げる、日本人を繋げる。
ーなぜ日本人向けのPSWの会を始めようと思われたんですか?
最初は自分のためでした。介護の勉強を始めたときに、「カナダでこういうことをやっている日本人っているのかな?」と思って、トロントの情報交換ネットワークを使って声をかけてみたんです。そしたら、結構いたんですよ。
何10年も前からから、もっと壮絶な世界でやってきた、たくましい日本人の方々がいました。
つながってみたら、本当に素晴らしい方たちがいて。目立たないけど強い人が多いなと感じました。
でも、「やっぱり孤独ですよ」とおっしゃる方が多くて。じゃあ横でつなげようと思ったんです。形式ばった組織というより、「同じ仕事をしている仲間がいる」と知っているだけで安心できる場にしたいと思いました。
自分が一番経験のない立場で声をかけて横をつなげているんですけど、まずはPSW同士でつながって、情報交換ができる場にしたいと思いました。ここはやめた方がいいとか、こういう保険を取った方がいいとか、そういうリアルな話を共有できる場です。
そこから訪問介護のニーズも見つけました。日本人のご家庭で、日本人の介護士に来てほしいという声があって、実際に3件つながりました。
施設では時給17〜20ドル程度のところもありますが、訪問介護なら30ドルで入れることもある。そうすれば介護士の生活水準も上げられる。自分たちの価値を、きちんとお金にも変えていけると感じました。
予期せぬ夢の実現を目指して、ワクワクしていたい
ー今後はどんなところを目指していきたいと考えていますか?
性格的に、介護の世界の中でもいろいろ見てみたいですね。まずは今いる一番しんどいと言われている夜勤の現場でしっかり学ぶこと。それを土台にしたいと思っています。
その上で、訪問介護も広げていきたいです。メンバーを紹介する際は一緒に訪問してニーズを聞いていますし、自分が今やっていることが役に立てる場所を増やしていけたらいいなと思っています。日本人であるという特徴も活かしながらですね。
バンクーバーに日本人向けの介護施設があるのですが、そちらの施設の介護士長の方ともお話しさせてもらいました。どういうふうに運営しているのかも学ばせてもらっています。
将来的には、日本人のフロアをたくさん作れたらいいなという思いもあります。老人ホームの後、介護が必要になった時に、日本人が安心できる場所がまだ少ないので、日本人の介護士や看護師、日本食を提供できる体制を整えたフロアがあったらいいなと。
今は焦っているわけではないです。でもニーズは絶対にあると思っています。訪問介護が広がるのか、派遣の形になるのか、日本人フロアが実現するのか。いろいろ可能性を話しながら、自分も経験を積みながら進めていきたいですね。
シニアの世界って、自分がこれから向かっていく世界でもあるし、自分の親も向かっていく世界ですよね。だから、そこに関わっている意味は大きいなと思っています。
でも、夢は介護だけじゃないんです。犬のレスキュー場をやりたいとか、カナディアンロッキーが見える場所に住みたいとか。介護士の資格はどこでも使えると思うので、それをどこでどう使うかは、これからの流れかなと思っています。今はオンラインでも仕事ができる時代なので、形さえ作っておけば、少しずつでも夢を実らせていけるんじゃないかなと。
何か一つを目指して一直線というよりは、今できることをやりながら、自分がワクワクすることに種をまいておく。とりあえずは食べていける状況を作っておいて、前に進みながら、そのタイミングが来たときに一つ一つ実らせていけたらいいなと思っています。
日本に帰る可能性もありますし、その時には日本とカナダをつなぐようなこともできるかもしれない。英語ができる介護士の仲間を作って、日本に住んでいる外国人の介護をする、とか。つなぐことをしていきたいんですよね。
予期せぬ夢の実現の方が、今、事前に決めてしまう夢よりワクワクさせてくれますね。

ーこれからPSWを考えている方に、伝えておきたいことはありますか?
想像もつかない世界だと思います。でも、究極の「人間って何だろう」というところを見てみたいなら、一度飛び込んでみてもいいかもしれません。人生が変わる可能性はあると思います。いい意味で。
すごく深いところ、自分の奥のほうにドーンと何かが響くような気づきがある場所だなと私は思っています。死というものが、そういう力を持っているのかもしれません。
その死を目の当たりにする世界が、老人介護の現場です。だからこそ、そこでしか得られない豊かな体験や学び、気づきがあると私は思っています。


海野 芽瑠萌(Merumo Unno)
日本では法学部で学び、日本の英会話や、小中学生の英語教育に関わる。2008年に渡加。現地留学エージェント、語学学校での経験を経て、留学エージェント・教育コンサルティング「MYNDS Inc.」の経営を行い、グローバル人材の育成に取り組む。 2019年からは、トロントのビジネスサポート団体新企会の会長として、日系コミュニティーに貢献している。

